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テンプレート:基礎情報 会社 株式会社スタジオジブリテンプレート:Llang)は、アニメーションを主体とした映像作品の企画・制作を主な事業内容とする日本の企業である。

概要 編集

長編アニメーション映画の制作を主力事業としているが、1990年代中期以降、短編作品の制作及び実写作品の企画を手がけている。また、日本国外のアニメーションの公開やDVD発売、『熱風』という小冊子の発行を行う出版事業、さらに音楽事業も行っている。

会社法上『風の谷のナウシカ』を製作したトップクラフトを母体とし改変した設立形式をとっている。実態は宮崎駿氏が自らの作品と収益や作品の権利を守るため徳間書店に出資を依頼して創立した製作および版権管理企業である。1985年6月15日に徳間書店の出資により実現した。株式会社としてスタートし、代表権のある社長には出資者側の徳間書店社長の徳間康快が就任した。実質的に経営財務責任者は旧トップクラフトの代表取締役だった常務の原徹が就任した。当初は作品ごとにスタッフを集め、完成と共に解散する方式を採っており、アニメーターの給料も歩合制だったが、後に人材育成のためにアニメーターの給料を固定給制にするなど、高品質で安定した作品作りの拠点とした。

劇場作品専門スタジオのイメージが強いが、テレビ作品の動画グロスも請け負っている。

名称 編集

「スタジオジブリ」の名称は、サハラ砂漠に吹く熱風(ghibli)に由来しており、第二次世界大戦中のイタリア飛行機の名前でもある。紅の豚においてエンジンにGHIBLIの名前もあり、宮崎駿の思い入れがうかがえる。宮崎駿の思い込みから「ジブリ」となったが、「ギブリ」の方が原語に近い発音である(イタリアのマセラティ社の乗用車ghibliは日本でも1970年代から「ギブリ」と呼ばれている)。スタジオジブリのマークは、スタジオジブリの作品『となりのトトロ』に登場するキャラクター、トトロがデザインされている。スタジオジブリの第2レーベルで実写作品部門の「スタジオカジノ」は、スタジオの所在地東京都小金井市梶野町から命名された。

略歴 編集

ファイル:Toyota Headquarter Toyota City.jpg
  • 1985年、設立。
  • 1991年、経営方針の対立から原が常務を辞任し、後任に鈴木敏夫が就任。
  • 1992年8月6日東小金井駅近くの新社屋(小金井市梶野町)へ移転。
  • 1997年6月、経営悪化した親会社の徳間書店に吸収され、同年『もののけ姫』完成後、宮崎駿がジブリを退社。
  • 1999年、徳間書店の1事業部門となり、同年に宮崎駿はジブリ所長として復帰。
  • 2004年、徳間書店スタジオジブリ事業部を株式会社スタジオジブリに分割。
  • 2005年4月、徳間書店傘下を離れて独立し、鈴木敏夫が代表取締役社長に、宮崎駿とスティーブン・アルパートがそれぞれ取締役に就任。
  • 2008年2月、鈴木敏夫が代表取締役社長を退任し、後任に元ウォルト・ディズニー・ジャパン会長の星野康二が就任。
  • 2009年4月、トヨタ自動車本社内に新スタジオとして「西ジブリ」を開設。[1][2]

レーベル 編集

映画 編集

スタジオジブリ
1985年の株式会社スタジオジブリの設立とともに発足したレーベル。自社で制作した長編アニメーションを手がけており、同社を代表するレーベルの一つである。
天空の城ラピュタ』(宮崎駿原作脚本監督)、『となりのトトロ』(宮崎駿原作・脚本・監督)、『火垂るの墓』(高畑勲脚本・監督)など。
スタジオカジノ
株式会社スタジオジブリの第二レーベルとして設立された。設立当初はスタジオジブリが従来手がけてこなかった実写分野を中心に活動していたが、のちにアニメーション分野にも進出している。
式日』(庵野秀明監督)、『サトラレ』(本広克行監督)、『ポータブル空港』(百瀬ヨシユキ監督)など。
スタジオギブリ
スタジオギブリのマークはスタジオジブリのマークとほぼ同様のデザインだが、スタジオギブリの作品『ギブリーズ episode2』に登場するキャラクター「野中くん」が描かれている。
ギブリーズ episode2』(百瀬義行監督)など。
三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー
2007年に株式会社スタジオジブリと財団法人徳間記念アニメーション文化財団により設立されたレーベル。徳間記念アニメーション文化財団傘下の三鷹の森ジブリ美術館により運営されており、他社が制作した映画の公開、および、DVDの販売を行っている[3]。主に日本国外のアニメーションを担当しており、高畑勲や宮崎駿の推薦などに基づき、三鷹の森ジブリ美術館が作品を選定している[3]
春のめざめ』(アレクサンドル・ペトロフ脚本・監督)、『アズールとアスマール』(ミッシェル・オスロ原作・脚本・監督)、『雪の女王』(レフ・アタマーノフ監督)など。

ビデオ 編集

ジブリ学術ライブラリー
過去に放送されたドキュメンタリー番組や過去に公開されたノンフィクション映画のビデオを販売するレーベル。他社が制作した作品が中心である。
『人間は何を食べてきたか』(日本放送協会制作)、『柳川堀割物語』(高畑勲監督)、『堀田善衞 時代と人間』(日本放送協会制作)など。
ジブリCINEMAライブラリー
他社が制作した映画のビデオを販売するレーベル。「三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー」に移管された作品もある。
ダーク・ブルー』(ヤン・スヴェラーク監督)、『キリクと魔女』(ミッシェル・オスロ原作・脚本・監督)など。

音楽 編集

スタジオジブリレコーズ
徳間ジャパンコミュニケーションズ(こちらも徳間書店の資本関係が切れ現在は第一興商の傘下)と提携して設立したレーベル。主に同社制作のサウンドトラックをリリース。設立以前は「アニメージュレコード」レーベルでリリースしていた。

服飾 編集

仕立屋スタジオジブリ
プライムゲート社がスタジオジブリとGHIBLIブランドの洋服および服飾小物の企画・製造・販売のライセンス契約を締結し、2004年秋冬から販売開始したメンズ・ブランド。イメージモデルは、『紅の豚』の主人公、ポルコ・ロッソ。本物志向の40歳以上の中年男性がターゲットである。

作品一覧 編集

劇場長編 編集

タイトル監督公開日時間配給備考
風の谷のナウシカ宮崎駿1984年3月11日116分東映 
天空の城ラピュタ宮崎駿1986年8月2日124分東映 
となりのトトロ宮崎駿1988年4月16日86分東宝同時上映『火垂るの墓
火垂るの墓高畑勲1988年4月16日88分東宝同時上映『となりのトトロ
魔女の宅急便宮崎駿1989年7月29日102分東映 
おもひでぽろぽろ高畑勲1991年7月20日119分東宝 
紅の豚宮崎駿1992年7月18日93分東宝 
平成狸合戦ぽんぽこ高畑勲1994年7月16日119分東宝 
耳をすませば近藤喜文1995年7月15日111分東宝同時上映『On Your Mark
もののけ姫宮崎駿1997年7月12日133分東宝 
ホーホケキョ となりの山田くん高畑勲1999年7月17日104分松竹 
千と千尋の神隠し宮崎駿2001年7月20日125分東宝 
猫の恩返し森田宏幸2002年7月20日75分東宝同時上映『ギブリーズ episode2
ハウルの動く城宮崎駿2004年11月20日119分東宝 
ゲド戦記宮崎吾朗2006年7月29日116分東宝
崖の上のポニョ宮崎駿2008年7月19日101分東宝
借りぐらしのアリエッティ米林宏昌2010年7月17日94分東宝

テレビスペシャル 編集

タイトル監督放映日時間放映局備考
海がきこえる望月智充1993年5月5日73分日本テレビ系列1993年12月25日から中野武蔵野ホールにて上映

短編作品 編集

タイトル監督公開年備考
On Your Mark宮崎駿1995年同時上映『耳をすませば
ギブリーズ百瀬義行2000年
フィルムぐるぐる宮崎駿2001年
くじらとり宮崎駿2001年
コロの大さんぽ宮崎駿2002年
めいとこねこバス宮崎駿2002年
空想の空飛ぶ機械達宮崎駿2002年
空想の機械達の中の破壊の発明庵野秀明2002年
ギブリーズ episode2百瀬義行2002年同時上映『猫の恩返し
ポータブル空港百瀬ヨシユキ2004年同時上映『キューティーハニー
space station No.9百瀬ヨシユキ2005年
空飛ぶ都市計画百瀬ヨシユキ2005年同時上映『タッチ
水グモもんもん宮崎駿2006年
星をかった日宮崎駿2006年
やどさがし宮崎駿2006年
ちゅうずもう山下明彦2010年

TVCM 編集

その他 編集

  • 金曜ロードショー』オープニング映像(1997年~2009年3月20日、『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート』に収録)
  • 特上!天声慎吾』オープニング映像(2003年)
  • 24時間テレビ』のTシャツのデザイン(2006年、2010年)
  • 神奈川近代文学館堀田善衞展 スタジオジブリが描く乱世。』(2008年。堀田の作品をモチーフとしたアニメ作品『定家長明』『路上の人』を「もし作るとしたら」という仮定のもとの設定画を、宮崎吾朗、武重洋二、田中直哉等が描いた)

制作協力 編集

スタジオジブリも1アニメーション制作会社であり、常に映画を制作しているわけではないので新作映画公開後には様々なアニメの下請けとしてクレジットされる。

劇場版アニメ
テレビシリーズ
ゲーム

他にも背景や作画などの制作を担当している作品は複数あるが、ここでは省略する。

他社作品のビデオ化など 編集

日本国内 歴代ジブリ作品収入ランキング 編集

日本映画製作者連盟によるデータ。

順位作品配給会社公開年度配給収入興行収入観客動員
1千と千尋の神隠し東宝2001年 304億円2350万人
2ハウルの動く城東宝2004年 196億円1500万人
3もののけ姫東宝1997年113億円193億円1420万人
4崖の上のポニョ東宝2008年 155億円1200万人
5ゲド戦記東宝2006年 76.5億円588万人
6猫の恩返しギブリーズ episode2東宝2002年 64.6億円550万人
7紅の豚東宝1992年28億円 304万人
8平成狸合戦ぽんぽこ東宝1994年26.5億円 325万人
9魔女の宅急便東映1989年21.5億円 264万人
10おもひでぽろぽろ東宝1991年18.7億円 216万人
11耳をすませばOn Your Mark東宝1995年18.5億円 208万人
12ホーホケキョ となりの山田くん松竹1999年7.9億円 115万人
13風の谷のナウシカ東映1984年7.6億円 91万人
14となりのトトロ火垂るの墓東宝1988年5.9億円 80万人
15天空の城ラピュタ東映1986年5.8億円 77万人

※ここでは、『風の谷のナウシカ』も便宜上リストに入れてある。

※日本では、1999年まで配給収入が用いられてきたが、2000年から興行収入に切り替わっている。

評価 編集

日本国内での評価 編集

1996年、新宿三越美術館を皮切りに日本全国の三越百貨店で『スタジオジブリ原画展』が開催された。徳間書店とウォルト・ディズニー・カンパニーとの業務提携及びジブリ作品の世界進出のニュースが大きな話題となった。

2003年東京都現代美術館で『ジブリがいっぱい スタジオジブリ立体造型物展』が開催され、22万人以上の動員があった。

日経BPコンサルティングが2001年から毎年実施している「ブランド・ジャパン」のコンシューマー市場調査結果によると、スタジオジブリは2002年から2006年まで「消費者から最も評価されているブランド」の上位5位以内に毎年ランクされていた。「共感するブランド」部門では、2002年から5年連続で第1位に選ばれている。

  • 2002年 第3位
  • 2003年 第4位
  • 2004年 第5位
  • 2005年 第2位
  • 2006年 第1位
  • 2007年 第12位
  • 2008年 第2位
  • 2009年 第4位
  • 2010年 第3位

電通ヤング・アンド・ルビカムが、2007年6-7月期に実施したブランドに関する世界最大の消費者調査 「ブランド・エナジー」パワーランキングにおいて、スタジオジブリは第2位に選ばれた。

2008年から東京都現代美術館などで、『スタジオジブリ・レイアウト展』が開催され、12万5000人以上の動員があった。

長年、日本最高峰のアニメスタジオであるとされてきた。

日本国外での作品公開と評価 編集

ベルリン国際映画祭の金熊賞、アカデミー賞アニメーション部門(『千と千尋の神隠し』)やヴェネツィア国際映画祭の金のオゼッラ賞(スタジオジブリの技術に対する評価)で受賞するなど、国際的にも高い評価を受けているジブリ映画であるが、そこに至る道のりは平坦ではなく、現在もその評価は一様ではない。

ジブリ作品は早くから日本国外の映画祭に何度も出品し、中には受賞するケースもあったが、一般大衆レベルでジブリのアニメ映画が早くから受容されていたのは香港である。1987年6月に『天空の城ラピュタ』が『天空之城』の題で公開され、興行収入はその年の香港における外国語映画2位となる1300万香港ドルのヒットとなった。1988年2月には『風の谷のナウシカ』が『風之谷』の題で興行収入1070万香港ドル、1988年7月に『となりのトトロ』が『龍猫』として1100万香港ドルの興行収入を挙げた。いずれも1997年時点で香港における日本映画の上位に食い込む好成績だった。以後も『魔女宅急便』が1990年に公開されるなど、スタジオジブリ作品は香港で上映されていった[4]

アメリカにも『風の谷のナウシカ』が輸出されているが、配給権を得たのは低予算C級映画で知られるロジャー・コーマン配下の会社であった。116分の本編は95分にカット、ストーリーも大幅に改竄されて『風の戦士たち(Warriors of the Wind)』と題して、アメリカ国内で短い期間劇場公開された後にビデオで販売され、更にはヨーロッパ各国にも転売された(風の谷のナウシカの「日本国外版」も参照のこと)。この『風の戦士たち』は宮崎アニメファンたちの間では今でも悪評が高い[5]。このアメリカ向け短縮版は宮崎駿に無断で作成されたものだったが、この一件で宮崎駿とスタジオジブリは自社作品の輸出に当たってはノーカット公開を要求するようになった。

その後のアメリカでは、1989年に『天空の城ラピュタ』が小規模な劇場公開があったが[6]、基本的に欧米では本格的な劇場公開は行われず、正規ルートでのビデオ発売も遅れたために現地の日本アニメファンたちは不法な形でジブリ作品を流通させていた[7]。この時期の日本国外のジブリファンは違法コピーのビデオを見るか、日本から輸入された日本語版のVHSテープかレーザーディスクを買ってきて、ファンサイトに載っている英語翻訳スクリプトと突き合わせながら観るなどの手間を強いられていたのである。

ピクサージョン・ラセター監督も早い時期からの宮崎アニメの熱心なファンとして有名であり「アイデアに詰まると皆で宮崎アニメを見た。そして宮崎アニメにはヒントが必ず有った」などと発言している。彼に限らず1980年代から1990年代にかけてのアメリカのアニメーターや、欧米の日本アニメファンたちにとって宮崎アニメとスタジオジブリは半ば神格化された存在だった。

1996年に徳間書店とディズニーが業務提携し、『もののけ姫』にディズニーが出資して世界配給権を得たことでこうした問題は一応の解決を見るが、ジブリ側がこだわったノーカット公開については最後まで緊迫したやりとりが行われたと関係者は証言している。市場主義が徹底しているアメリカでは、映画の時間は一日に何回上映できるかを決定するので大変な問題になる(『もののけ姫』は135分)。2時間以上の(そして、ディズニーアニメのような歌も踊りもない)アニメーション映画というのは平均的アメリカ人の常識から外れている。「アート・シネマとして評価されても、それだけでは興行成績は望めない。普通のアメリカ人に足を運んでもらうにはある程度の改変は必要である」というアメリカ側の要請を、ジブリは頑として受け付けなかった。

その結果、ジブリ映画はニューヨーク近代美術館 (MoMA) などで回顧展が開かれたり[8]、『千と千尋の神隠し』が映画批評を集計するサイト、Rotten Tomatoes[9])でほぼパーフェクトに近い点を記録したり、アカデミー賞(アニメーション部門)を受賞するなど、高い評価を受けているにも関わらず、ジブリ映画のアメリカ興行成績は『ポケモン』にまったく及ばないレベルに留まった。アートシネマ専門館で上映されても、家族連れがやってくるショッピングモールのシネマ・コンプレックスでは上映されないからである。

フランスでも宮崎アニメの正式な紹介は遅れた。アメリカ同様に日本アニメファンによる評価は高く、1993年のアヌシー国際アニメーション映画祭では『紅の豚』が長編部門の作品賞を受けるが、1995年の劇場公開では、興行的に惨敗する。流れが変わるのは1999年末から2000年であり、長年に渡って保留されていた『となりのトトロ』とディズニー系列配給の『もののけ姫』が劇場公開されるとフランスのメディアはこぞって激賞し、高い興行成績も収めることができた。『千と千尋の神隠し』や『ハウルの動く城』では100万人を越える観客動員を果たしている。アメリカとは異なりジブリの旧作も次々と劇場公開されており、それぞれに高い人気を集めた。

声優の配役の特徴 編集

スタジオジブリの作品は基本的に(TVアニメと比較して)制作費の大きい劇場版アニメ映画なので、声優も大物の実力派が多く起用される。1990年代以降の作品では、主演や主演級の声は、普段声優を本業としていないテレビドラマ等で有名な俳優を多く起用する傾向が顕著となった。宮崎が関わらないジブリ作品でも同様に俳優が起用されることがあり、近年では宣伝効果や観客動員寄与を優先するプロデューサー鈴木敏夫の意向とされているテンプレート:要出典。これに関して宮崎は、外国メディアからのインタビューの中で「日本の女性声優はコケティッシュな声の持ち主しかいないし、男性的な視点が欠けている。我々は全く必要としていない」と述べている[10]。『もののけ姫』以後も役名がクレジットされないキャラクターに文学座所属の俳優[11]が多く起用される傾向にある。

後継者の育成 編集

宮崎駿と高畑勲の後継者と目されていた近藤喜文亡き後のジブリには、長編監督を担う意欲を持つ人材が不足しており、ジブリの監督・演出方面における人的資源の枯渇が予測されている。今までに外部から何人かの人材が招かれ、制作作業を行なったものの、スタジオの社風に合わず、降板したケースも少なくないという。『魔女の宅急便』における片渕須直や、『ハウルの動く城』における細田守の降板劇が伝えられた。

庵野秀明はこの状況を、「宮さんにおんぶにだっこのジブリの環境では、後継者は育ちませんよ」と発言[12]。鈴木敏夫も、ジブリは宮崎と高畑の2人の為のスタジオであり、人材が育つわけがないとしている。とはいえ、現・元を問わずスタジオジブリ在籍(宮崎駿との仕事で影響を受けた)経験のある者の中には後にアニメ制作者として高い評価を得ている者も多く、結果として優秀な人材を輩出していることも確かである。

2005年にジブリが徳間書店から独立した際、資本金を1000万円としたのは、宮崎、高畑、鈴木の3人が出せる範囲だったからであり、宮崎と高畑の2人が引退したらジブリも終わるのが基本と述べている[13]

2006年の『ゲド戦記』を制作の際、三鷹の森ジブリ美術館館長だった宮崎の息子、宮崎吾朗が監督に抜擢された。これは鈴木が「前提としてジブリの今後を考え、当の鈴木を含め宮崎や高畑勲が高齢であるため」と発表当初のインタビュー述べ、「後継者育成」策として起用したものである[14]

しかしこの吾朗の監督起用については、宮崎と鈴木の意見が真っ向から対立していた。

歴代最高責任者 編集

氏名就任日退任日主要な経歴
株式会社スタジオジブリ 社長
1 徳間康快1985年(不明)株式会社徳間書店社長
2 原徹(不明)1991年株式会社トップクラフト社長
3 徳間康快1991年1997年株式会社徳間書店社長
株式会社徳間書店 スタジオジブリ・カンパニー プレジデント
1 鈴木敏夫1997年1999年株式会社徳間書店取締役
株式会社徳間書店 スタジオジブリ事業本部 本部長
1 鈴木敏夫1999年2005年株式会社徳間書店取締役
株式会社スタジオジブリ 社長
1 鈴木敏夫2005年2008年株式会社徳間書店取締役
2 星野康二2008年(現職)ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社社長
  • スタジオジブリは1997年に徳間書店に吸収合併された。徳間書店は社内カンパニー制を導入していたため、スタジオジブリは徳間書店の一カンパニーとなった。
  • 徳間書店は1999年に事業本部制を導入したため、スタジオジブリは徳間書店の一事業本部となった。

関連人物 編集

アニメーター・演出家 編集


美術・彩色等 編集

製作・制作 編集

関連施設 編集

ファイル:Ghibli museum.png
ファイル:Satsuki and Mei's House 01.JPG
三鷹の森ジブリ美術館
東京都三鷹市
2001年10月1日オープン。スタジオジブリの世界を展示している。毎年内容が変わる企画展も好評で、2006年の『アードマン展』に続き、2007年には『3びきのこぐま展』を開催している。
サツキとメイの家
愛・地球博記念公園 - 愛知万博会場跡地
2005年3月竣工。『となりのトトロ』の草壁家を忠実に再現している。

備考 編集

大型アニメショップアニメイトゲーマーズでは殆どジブリグッズが売られていないが、日本各地にジブリクッズを販売する専門店が多数ある。東京駅八重洲口地下の東京キャラクターストリート内にある「どんぐりガーデン」、愛知県名古屋市にある「メッセ」、宮崎県日向市宮崎市にある「雑貨屋むさしや」、鹿児島県鹿児島市にある「あみゅの森」、高知県高知市にある「どんぐり共和国」などである。

出典 編集

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  1. 星野康二「スタジオジブリ新スタジオ“西ジブリ”設立について」『スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - スタジオジブリ新スタジオ “西ジブリ”設立について』スタジオジブリ、2009年3月2日
  2. 中井正裕「スタジオジブリ:トヨタ本社に新スタジオ開設へ――新人アニメーター養成」『スタジオジブリ:トヨタ本社に新スタジオ開設へ 新人アニメーター養成(まんたんウェブ) - 毎日jp(毎日新聞)毎日新聞社2009年3月6日
  3. 3.0 3.1 「世界の優れたアニメーションをお届けします。」『三鷹の森ジブリ美術館ライブラリー - ジブリ美術館ライブラリーとは…徳間記念アニメーション文化財団
  4. 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p67、p105、p128、p148。
  5. 『朝日新聞』1985年10月7日の記事によれば、ロサンゼルス国際アニメーション映画祭の長編部門1位になるなどオリジナル版の評価はされていた
  6. 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年、p105
  7. 国際的な漫画家であるフランス人メビウスによれば、1980年代のロサンジェルスのフランス人コミュニティには日本アニメ愛好家の少年たちが大勢いて、不法コピーのビデオテープが流通していたという。メビウスはその不法コピーのビデオで『風の谷のナウシカ』に出会い自分の娘にナウシカと命名するほどのファンとなったと述懐している。
  8. "THE MUSEUM OF MODERN ART PRESENTS FIRST U.S. RETROSPECTIVE OF ACCLAIMED JAPANESE ANIMATION STUDIO"〔PDF〕
  9. ROTTEN TOMATOES
  10. テンプレート:Link. guardian.co.uk. http://film.guardian.co.uk/interview/interviewpages/0,6737,1569689,00.html 2010年9月3日閲覧。 
  11. つかもと景子(『もののけ姫』から『ポニョ』まで5作に出演)、斉藤志郎山像かおり山田里奈八十川真由野山本道子山本郁子など(複数作出演者のみ)、洋画~韓国ドラマの吹き替えで活躍している顔ぶれが並ぶ。
  12. 『Quick Japan』太田出版、1996年Vol.9。大泉実成編集『庵野秀明 スキゾ・エヴァンゲリオン』太田出版、1997年に再録。
  13. 「ザ・要注意人物 鈴木敏夫」『サイゾー』インフォバーン、2006年6月号
  14. 世界一早い「ゲド戦記」インタビュー 鈴木敏夫プロデューサーに聞く”. yomiuri.co.jp. 2008年10月5日閲覧。

外部リンク 編集

テンプレート:Commonscat

テンプレート:スタジオジブリ テンプレート:読売新聞グループ本社ar:إستديو جيبليcs:Studio Ghibli cy:Studio Ghibli da:Studio Ghibliel:Studio Ghiblieo:Studio Ghiblifi:Studio Ghiblihe:סטודיו ג'יבלי id:Studio Ghiblika:სტუდია ღიბლი ko:스튜디오 지브리 lb:Studio Ghibli lt:Studio Ghiblino:Studio Ghiblisimple:Studio Ghibli sl:Studio Ghibli sr:Џибли студио sv:Studio Ghibli th:สตูดิโอจิบลิvi:Ghibli zh:吉卜力工作室 zh-yue:知步里工作室

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