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小林 清志(こばやし きよし、1933年1月11日 - )は、日本男性俳優声優ナレーター東京府(現東京都)出身。東京俳優生活協同組合所属。身長170cm。星座山羊座東京都立小石川高等学校日本大学芸術学部演劇科卒業。

主な出演作は『妖怪人間ベム』(1968年)のベム、『ルパン三世シリーズ』の次元大介など[1]。また、『SASUKE』、『中居正広の金曜日のスマたちへ』、『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。』等のナレーションも多く担当。

また、洋画ではジェームズ・コバーンリー・マーヴィンの専属吹き替えとして有名である。

概要 編集

人物 編集

吹替作品の草創期より活躍するベテランである。持ち役には、ジェームズ・コバーンリー・マーヴィントミー・リー・ジョーンズがある。アニメ声優としても草創期から活躍しており、冷静沈着な人物から冷酷な悪役、味方側の長官役まで幅広く演じているが、低くて重い、渋い声[2]を生かしてナレーターの仕事もこなす。70歳を越えた現在も多くのアニメ・吹き替え・CMナレーション等で活躍を続けている。

英語を得意としており、高校時代からアルバイトで、大学受験の通信講座で添削指導を行なっていた。泉座時代には舞台劇『ケイン号の反乱』の翻訳を担当した。声優になる前から、舞台役者の副業として翻訳家のアルバイトを続けたほどの腕前である。中には翻訳・出演・演出を共に行った作品も存在する。演劇の心得があった本人が、収録時に役者があまりに下手であったため「自分がやった方がマシになる」と思ったことから声優業を始めたと言う逸話がある。パソコン通信でアメリカの大手商用サービスCompuServeも利用していたという。このほか、フライトシミュレータなど、コンピュータを扱った趣味も多彩である。

山田康雄亡き後、納谷悟朗野沢那智と共にクリント・イーストウッド等の役を引き継ぎ、小林は主にビデオ/DVD版を担当している。

ルパン声優陣の多くはバラエティ番組などに出演しているが、「イメージを崩したくない」という理由からこれまでにウンナンの番組、『徹子の部屋』(山田康雄出演時のゲスト)、と『超人バロム・1』、『クイズ! 加トちゃんの1! 2! 3!』(フジテレビ)、『大都会 PARTII』(ニュースキャスター役でのカメオ出演)などの出演経験はあるものの、実際はテレビ出演を拒否する傾向が強い。『大胆MAP』の声優特集においても顔出し出演を拒否した上、俳協の宣材写真もNGだったため、代わりにほっしゃん。が描いた似顔絵が公開された[3]

略歴 編集

疎開先の不動岡中学時代は卓球で鳴らして県代表を務めた。中学時代には、映画監督か脚本家を漠然と志望していた。英語の成績が優秀で、高校時代から高校生相手に英語の通信教育の添削者を務めていた。東京大学の受験に失敗して浪人生活を送ったのを機会に日本大学芸術学部の演劇科へ進学し、初めて演劇の世界を経験。このときの同窓生は、宍戸錠ケーシー高峰飯塚昭三たてかべ和也田中康郎らである。大学在学中に家城巳代治山本薩夫といった監督の独立プロダクション系の映画に端役で出演。続けて、泉座の研究生となり、中国の戯曲で舞台役者として活動した。声優になったきっかけは、日本大学演劇科卒業生の集まりで、後輩の小林守夫と出会ったことによる。小林守夫は、海外作品の日本語版を制作する東北新社のディレクターだった人物である。舞台劇『ケイン号の反乱』の翻訳の腕を買われて、アメリカ映画の翻訳の話が持ち上がり、小林守夫の紹介により東北新社の植村伴次郎社長に会うと声優の仕事も誘われ、1958年より海外作品の吹替の仕事を始めるようになった。当初は1ヶ月に2本のペースで翻訳も手がけ、1962年の刑事ものの『ジスマン・ドーソン』では初の主役を演じると同時に翻訳も担当する多忙ぶりであったが、やがて声優に専念した。1963年の『鉄腕アトム』以降はアニメの仕事もこなすようになる。

エピソード 編集

共演者には声が変わっていないと言われることがあるが、本人はこのことを否定している。「(若い頃の)張り詰めた声は、若い時にしか出ないね」と語ったこともある[4]。自分が吹き替えをしている作品でその商品を買って自分の声の確認もしており、我ながら「おぉ、こんなだったのか!」と自分で驚くこともあるという[4]

また、西部劇ではジャン・マリア・ヴォロンテフランコ・ネロなどの声を複数担当しており、そのため山田康雄野沢那智納谷悟朗大塚周夫などと共に、テレビ洋画劇場でのマカロニ・ウェスタン放映を支えた吹替役者の一人として数えられる。特に小林自身はヴォロンテを好きな俳優として挙げており、『夕陽のガンマン』で決まった際には「やっとできるか!」と嬉しかったという[4]。余談だが、ヴォロンテは小林と生まれた年が同じである。

仕事に対する姿勢 編集

小林は収録の際には(声だけでなく)マイクの立ち位置も意識しており、ナレーションや『夕陽のギャングたち』等の吹き替え収録においてもかなりの注文を行っているという。「技術的に同じような声を出しても、マイクの位置によって声の違いが分かる」「最初にマイク位置がピシッと決まらないと、声がボケてしまって気持ちが悪い。このままOAされるのは嫌だから自分で確認する」との事[4]

持ち役のリー・マーヴィンに関して、他にも複数いるマーヴィンの吹替役者の中でも小林が一番多く担当している。また、本人によれば声を出すのが一番難しいらしく、「彼は低い声だけでなく、張る声が多い。だから、(声を当てるときは)こちらも低いだけじゃなく、張りが必要になる」ため、非常に苦労したと語っている[4]

小林と次元大介 編集

イメージ一新を図りメインキャラ声優を総入れ替えした『ルパン三世 風魔一族の陰謀』を除き、『ルパン三世』シリーズにおいてパイロット版から現在まで、一貫して声優が変更されていないのは、次元役の小林だけである。

原作者のモンキー・パンチによると、元々次元のイメージは『荒野の七人』のジェームズ・コバーンであり、そのイメージからジェームズ・コバーンの吹替えを持ち役としていた小林に次元役を決定したということである。

軽薄なイメージのルパンとは対称的な渋いイメージの次元のキャラクターであるが、小林本人の演技もルパン役の山田康雄、及び山田の後任である栗田貫一とは対称的で、山田や栗田がアドリブを多用するのに対し、小林はほとんどアドリブを入れず、一語一語しっかり発音している。

小林本人の弁によると、次元の声は完全に地声であり、今まで演じてきた役の中で、最も無理をせずに自分にとって楽なトーンでしゃべれる役だという。

山田を「ヤスベエ」と呼び、プライベートでも交友があったという。

ルパンの音楽を担当している作曲家の大野雄二によると、大野が母親を亡くした時に、小林は大野に「お前はマザコンっぽいところがあるから気を落とすなよ」という、まるで次元が励ましているかのような手紙を送ってきたという。

主な出演作品 編集

テレビアニメ 編集

1960年代

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

2010年代

OVA 編集

劇場版アニメ 編集

1970年代

1980年代

1990年代

2000年代

ゲーム 編集

吹き替え 編集

ジェームズ・コバーン出演作
トミー・リー・ジョーンズ出演作
リー・マーヴィン出演作
ジョージ・ケネディ出演作
フランコ・ネロ出演作
クリント・イーストウッド出演作
ジャック・パランス出演作

吹き替え(アニメ) 編集

映画 編集

特撮 編集

人形劇 編集

ラジオ 編集

CD 編集

テレビドラマ 編集

一般番組 編集

日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京
ファミリー劇場

CM 編集

その他 編集

脚注 編集

  1. 事務所のプロフィールより
  2. 吹替の帝王
  3. 同番組では顔出しNGの場合、大抵は宣材写真で公開されることが多かった。唯一写真すら拒否したのは小林のみであり、電話で出演した。
  4. 4.0 4.1 4.2 4.3 4.4 吹替の帝王 声優インタビュー

外部リンク 編集

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